日本でも徐々に広がるカンナビノイドの利用、その課題とは?

現在の日本では大麻取締法の規制があり、大麻を薬草として利用することはできません。しかし、大麻に含まれる成分カンナビノイドを用いた商品が次々と登場しています。種と茎から採れたCBD(カンナジジオール。向精神作用がない。)は数年前から流行の兆しを見せ、オイル等はサプリメント・食品として、ベイプと呼ばれる電子タバコは雑貨として、大手EC サイト等で購入することが出来ます。しかし、製品のラベル擬装や効果効能を大袈裟に喧伝される点は世界中で問題となっています(*参考1)。

また、CBDだけではなく、まだ法律で規制がかかっていないものの、向精神作用をもたらす「合成・半合成カンナビノイド(HHC、THCO、THCH等)」も次々と日本に流入しています。これらは流通が増加すると、法律で規制がかかり、規制がかかると次の成分が登場するといった、イタチごっこが続き、かつて「危険ドラッグ、脱法ドラッグ」が流行した時のような混沌とした状況となっています。

誕生したばかりと言えるこの日本の市場は、どうすれば健全な形になりえるのでしょうか?長年カリフォルニア州で成分分析を行う法人、Anresco Laboratoriesの日本エリア責任者である神津大地さんにお話を伺いました。

Anresco Laboratories

1943年、「Analysis (分析)、 Research (研究)、 Consulting (コンサルティング)」の頭文字を取り、スタンフォード大学のシルヴァン・アイゼンバーグ博士によって設立。カリフォルニア州で唯一、ISO 17025認定・大麻管理局(DCC)認可・麻薬取締局(DEA)登録、環境検査機関認定制度(ELAP)認証を受けたカンナビス検査機関で日本でも厚生労働省の指定検査機関として登録。「指定検査機関」とは、海外から食品を輸入する際、その製品が日本の規格に準拠しているかどうかを輸出国にて検査を実施する能力を有する検査機関を指す。

ラボ:御社が大麻産業において、どのような業務を行っているのか教えてください。

神津:Anresco Laboratoriesは長年、食品の輸出入の検査を行っていた法人です。2015年にカリフォルニア州の嗜好大麻が合法化されたことを受け、カンナビスの分析事業をスタートさせました。流通する製品に表示された通りの成分が含有されているか、残留農薬や溶媒化学物質などの危険なものが含まれていないか、といった検査を実施しています。また、大麻は時間の経過とともに有効成分が蒸発し少なくなっていく性質があるため、保存や管理のコンサルティングも行っています。

2020年、アメリカで大麻の電子タバコに含まれる添加物ビタミンEアセテートが原因で死亡事故が起こった際には、その原因究明の助けとなる手法を確立した実績があります。検査の結果、合法市場からは有害物質は検出されず、非合法市場で流通していた製品からアセテートや基準値の100倍を超える残留農薬、重金属などが検出されたのですが、そのレポートを公表したところFDA(米国食品医薬品局)からコンサルティングを依頼されました。

カンナビノイド市場の混乱

ラボ:アメリカではカンナビノイド製品への異物混入やラベル偽装が多発し、JAMA(アメリカ医師会ジャーナル)でも報告されました(*参考2)。そもそも、なぜこのような問題は起こるのでしょうか?

神津:2018年の米農業法改正により、産業用ヘンプ(低THCの大麻)が米麻薬取締局の管理対象から外され、米農務省(USDA)の管轄となりました。THCを多く含む いわゆるマリファナとは異なり、産業用ヘンプはアメリカ全土で、誰でも自由に栽培できるようになりました。その結果、CBDオイルを始めとする多くの大麻由来製品が流通するようになっています。ただし、これらはほとんどが医薬品ではないため、きちんとした品質管理がなされているわけではありません。参入障壁が低く、誰でも販売できるために一部のいい加減な業者が異物混入やラベル偽装といった問題を起こしたのです。

ラボ:日本の市場も同じような問題を抱えている印象があります。

神津:2023年1月、私たちは日本市場の問題点のレポートを公開しました(*参考3)。大手通販サイトAと大手通販サイトBから合計9製品を購入し、カンナビノイド含有量検査を実施したのですが、9製品中1製品しかラベル通りの成分は検出されませんでした。中には違法な成分が検出された製品もありました。2製品からは規制薬物であるΔ8-THCを検出し、うち一つは1%以上含有していました。また5製品において、ラベルや商品ページに表記されている含有量と実際の含有量に10%以上の相違が見受けられ、40%以上の相違があったものもありました。さらに言えば、2製品では表記されているカンナビノイドを検出できませんでした。

このような状況を招く要因は、コスト削減のために意図的にカンナビノイドの含有量を少なくしていること、そもそも輸入された際のCOA(成分分析表)が改ざんされていたこと、保存状態が悪かったことなど、様々な理由が考えられます。日本の市場もアメリカの市場と似たような状況と言えますし、いずれ大きなトラブルになる可能性があると感じます。

ラボ:日本では向精神作用をもたらす合成・半合成カンナビノイドの問題も大きくなりつつあります。THCO、HHCOなどは規制されましたが、イタチごっこは継続しており、SNSや大手の通販サイトなどで現在も販売されています。アメリカではこの合成・半合成カンナビノイドの流通は問題になっているのでしょうか?

神津:カリフォルニア州では嗜好・医療用途ともに大麻は合法ですが、いまだに大麻が違法な州もあります。そこでは日本と同様「規制されていないものを求める市場がある」と考えて頂ければよいかと思います。ただし現在、合成カンナビノイドはCDC(米国疾病管理予防センター)やFDA、DEA(米国麻薬取締局)などの公的機関が問題視しています(*参考4) 。

どうすれば、健全な市場の育成に繋がるか?

ラボ:本来であれば、大麻という「薬草」を気軽に栽培し、個人的に使用することが出来ることが自己責任という意味でも望ましいと思います。しかし、日本でそのようなことがすぐに実現することはないでしょう。となると、カンナビノイド製品はメーカーから買う以外の選択肢がなく、いちユーザーとしては品質管理やコンプライアンスの遵守を徹底してほしいという気持ちになります。どうすれば、健全な市場の育成に繋がるとお考えですか?

神津:例えば、「医薬品」として厳重に管理することになれば品質は向上しますが、ユニークな商品は消えて市場の盛り上がりに水を差す可能性があります。成分分析検査の義務化も、法律で定めない限りは強制力が低いでしょう。

実はFDAは現在、CBDに対して警告を出しました(*参考5)。”dietary supplement (=健康食品)”として法整備を進めるにはそのためのエビデンスが乏しく、新たにCBD製品のリスクを管理できる新たな法整備が必要であること、今後は米国議会と共同で新たな法整備に努める、という内容です。

dietary supplementまたは食品添加物として安全性の基準を満たしていない理由としては、摂取目安量及び人体に有害な摂取量の決定材料不足などが挙げられています。今後行政機関とともに悪質なCBD製品やヘンプ由来製品の取り締まりを行っていくことも明言していますが、ここで大きく焦点を当てられているのはCBD製品よりも、近年急速に広まっている化学合成カンナビノイドであると読んでおります。今では街の薬局やガソリンスタンドなどで気軽に購入でき、セレブやアスリートが広告塔になっていることや、取り締まるには市場が成長しすぎているため、CBDに対しピンポイントで規制をかける動きは想像し難いことが理由です。

また香港ではCBDそのものが販売禁止になり規制されましたが、これに関してはCBDの潜在的な危険性に起因することによるものではなく中国政府の政治的側面による理由の方が大きいと弊社は考えております。中国政府は現在国策として輸出用の産業用大麻の栽培に力を入れておりますが、国内においては大麻使用においていわゆる”zero tolerance policy”をとっており厳しく規制されているのです。香港は中国の特別行政区であり、昨今な不安定な国際情勢などが影響し、政治的な背景により今回の規制に繋がったと見ております。

ここで興味深い点は、前述のFDAはただ単に禁止ではなく、市場を健全化するよう促す「警告」に留めている点です。その意味を正確に理解し、日本に合わせた市場を作るための「仕組みづくり」が必要になると思います。

カンナビノイド市場は誕生したばかりで、多くの問題もありますが同時に大きな市場となる可能性を秘めています。ユーザーの信頼を得るため、そして健全な市場となるために、成分分析や品質管理は不可欠なプロセスです。その際に私たちがお手伝いできることがあれば、とても嬉しく思います。

参考

1:BBC NEWS CBD oil: Have the benefits been overstated?

2:Labeling Accuracy of Cannabidiol Extracts Sold Online

3:Anresco Laboratories 調査 国内CBD市場を取り巻く問題について~「安心・安全」なCBD製品を国内で利用していただくために~

4:FDA Delta-8 THC について知っておくべき 5 つのこと

THCO IS A SCHEDULE 1 CONTROLLED SUBSTANCE SAYS DEA

5:FDA Concludes that Existing Regulatory Frameworks for Foods and Supplements are Not Appropriate for Cannabidiol, Will Work with Congress on a New Way Forward

取材:2023年3月9日