世界各地で広がる「大麻の医療利用」

近年、世界各地で大麻の合法的な医療利用が進み、大きな話題となっています。大麻イコール「違法な薬物」という認識が根深い日本ですが、実はこの世界的な潮流と無縁ではありません。大麻取締法が制定以来70年以上の時を経て、初めて大幅に改正(*参考1)されるのです。また2022年6月7日には、政権の重要課題や翌年度予算編成の方向性を示す方針、いわゆる骨太の方針が閣議決定され、「大麻に関する制度を見直し、大麻由来医薬品の利用等に向けた必要な環境整備を進める」という一文が明記されました。

大麻に含まれる成分であるカンナビノイドから製造され、医師が扱ういわゆる医薬品はG7諸国において、日本のみ承認されていませんでしたが、この改正によって難治性てんかん薬「エピディオレックス」をはじめとするカンナビノイド医薬品の「施用」、「交付」、や「製造販売」および「治験」の実施までもが可能となる予定です。この背景には、2020年のWHO勧告に伴う国連麻薬委員会採決により、カンナビノイド医薬品の医療上の有用性が認められたことが大きく影響しています。カンナビノイド医薬品が解禁されることにより、恩恵を受ける患者の数は決して少なくありません。

また、カンナビノイドの一つ、CBD(カンナビジオール)は近年いわゆる健康食品、サプリメントや雑貨として日本でも流行し、多くのユーザーを獲得しています。しかし、私たちがテーマとして扱いたいのはカンナビノイド医薬品でも、CBD製品でもありません。

「薬草」としての大麻

私たちがテーマとするのは「薬草」としての大麻です。世界的に見て、最もポピュラーな大麻の医療利用形態であり、手軽かつ安価で、比較的安全なことが特徴です。大麻の医療利用が合法化されている国や地域では、ディスペンサリーと呼ばれる専門店で購入したり、自らの手で栽培した大麻を医療目的やセルフケア(自己治療)目的で、主に「喫煙する」という形で利用します。医師が処方する場合もあります。

現代医学的なの領域というよりは、代替医療、セルフケア、ウェルネス、民間医療、養生といった領域の存在と言えます。私たち日本人に分かりやすいように例えると、漢方に近い位置づけと言えるでしょうか。漢方は医師が処方する一般的な医薬品とは異なりますが、処方薬として流通し、薬局で買うことも、自身で栽培して用いることも可能です。

薬草大麻の適応疾患リストはてんかん、神経性難病の鎮痛、偏頭痛、クローン病、統合失調症、リューマチ、緑内障、拒食症、認知症など多岐に渡り、この適用範囲の広さが多くの国や地域で合法化が進む大きな理由となっています。しかし、現代医学の科学的根拠となる、いわゆるエビデンスでは語りきれない部分が多く、なかなかその実態が伝わりづらいのが現状です。

さらに言えば、法律で禁じられている嗜好・娯楽目的の「マリファナ喫煙」と本質的な違いはないとも言えます。私たちは、違法な行為を推奨する意図は当然ありませんが、一方で「薬草」としての大麻を使用したからといって、逮捕に値するような行為ではないとも考えています。

日本でも「薬草大麻」の議論を

世界各地で進む大麻の医療利用を背景に、日本でもSNSなどを中心に「医療大麻」という言葉が少しずつ広まってきています。「医療大麻」という言葉はカンナビノイド医薬品やCBD製品ではなく、「薬草」としての大麻を指すことが多いと考えられますが、その声は医療関係者には黙殺され、大手メディアには届かず、国民的な議論とはほど遠い状況が続いています。なぜなのでしょうか?。それはもちろん、製薬会社の陰謀といった類のものではありません。「医療」と一口に言っても、多くの日本人が「医療」と聞いて想起するものとは異なるため、社会とのコミュニケーション不全を起こしていることが原因ではないでしょうか。

そこで、私たちはこの代替医療、セルフケア、ウェルネス、民間医療、養生といった領域における大麻を「薬草大麻」と名付けることにしました。医学や薬学はもちろん、医療人類学、社会学、ヘルスコミュニケーション、マーケティング、法律といった様々な専門家への取材などを交えながら、この「薬草大麻」について多角的に紹介したいと考えています。

「薬草大麻」に関する正確な情報が伝わり、一つの有用な選択肢として、日本でも広く議論されることを望みます。

*参考1  2022年9月時点。法改正は国会での審議などを経て、2023年に行われる見通し。